2023年2月号「神様のシャッフル」


 

 うちのクリニックはまさに診察室の窓の外の軒下にテントを張り,そこに発熱患者さんに来ていただき、「診察室の窓から」検査をしており、暑い夏、寒い冬も快適に診療させていただいている。

 

話は変わるが後輩のDrが長い闘病の末に亡くなった。

現役時代に発症し、身体の進行性障害に加え認知症も悪化する難病で、幻視などが次第に顕著になり、入退院を繰り返した挙句に、10年目に入院中の病棟でコロナクラスターに遭い誤嚥性肺炎で亡くなった。10年間介護を続けた奥様も元々がんを患っており、2ヶ月一度の強化療法をしながらの介護は、壮絶悲惨というほかはない。人のいい温和なDrであった後輩に、なぜこのような稀有な病が襲ったのか。

もう一人の先輩医師も本当に明るくまじめに小児科医を続けてきたというのに、60過ぎからALSの症状が出始め、呼吸器に繫がれ、10年以上も意識がありながら、数年のアイクロストークで亡くなった。また新生児医療に人生を捧げたDrの、たった一人の孫は先天性疾患を持って生まれ、本人は急な白血病で亡くなった。

 

40年以上も懸命に患者に尽くして頑張ってきた医師に、それはむごい仕打ちではないか。難病と言われる病気はいくらもあるが、それがまさか自分に宿るとは。

 

我々医師は、患者の健康的な生活と、寿命を少しでも伸ばそうと苦心してきた。高血圧、糖尿病、気管支喘息、悪性腫瘍、外科的各手術なども最近では大いに手ごたえのある医療で、それがまさに医師のやりがいになっている。しかし医師たりともいくら尽くそうともその見返りに、心地よい最後の病を選ぶことはできない。

 

もちろん医師だけでなくすべての人に当てはまる。人生とは、まず生まれ出る場所を選べない。途中で他人と変わることもできない。そうして最後の死に様もまた選べない。気まぐれな神様のシャッフルか。私は懸命に仕事をしてきたので、どうか特Aコースでお願いします。それがダメならせめてB-1コースまでにお願いしますなどと、どこへも頼めない。結局生まれが不遇でも、生きてきて健康な体と生きていくすべを得たならば、その都度都度ベストな選択をして、自らの人生を楽しみ、味わい尽くし、十分悔いのない状態で、神様の最後のシャッフルを受け入れるしかないのだろう。今日も多くの発熱患者が押し寄せる。ほとんどがインフルエンザに置き換わっている。その都度いそいそと「診察室の窓から」検査に及んでいる。少しでもいいコースが当たりますようにと。

                                         善通寺市 西川 清